「日本一」を目指さない。本当に強いアスリートを育てるための「発想の転換」とは?

「日本一になっても、国際大会で勝てない、これが日本のスポーツでした」

近年、卓球、バドミントン、サッカー、そしてラグビーなど、スポーツの世界で日本は世界のトップと互角に戦い、勝利することも珍しいことではなくなってきた。私が小さいころは、日本人は体格的に不利だとか、柔道などのお家芸への期待はあっても陸上は難しいよね、といった空気もあったし、実際いくつかの「奇跡」は起きても、あくまでもそれは「奇跡」にとどまるものだった。

ところが、近年日本スポーツ界の取り組みは激変しているのだという。

「日本基準」から「世界基準へ」。

つまり、国で最上位の選手であれば、日本代表のアスリートとして国際大会に出場できた時代は終わり、最初から世界トップレベルのパフォーマンスを発揮でき得るアスリートの育成が始まっているというのである。それってどういうことなのか。「専修大学スポーツ研究所公開シンポジウム2019」で、専門家と現役アスリートの皆さんにお話を聞いた。

ラグビー元日本代表の大野均さんとビーチバレー日本代表の石島雄介さん
ラグビー元日本代表の大野均さんとビーチバレー日本代表の石島雄介さん

「日本一になっても、国際大会で勝てない、これが日本のスポーツでした」

というのは、日本卓球協会副会長の前原正浩さんだ。前原さんは自身も卓球日本代表、さらに代表監督として活躍された。その後、日本卓球協会で全日本選手権演出プロジェクトチームを発足させ、「魅せる全日本」を意識した運営を実現させるなど、卓球界に革命的な変革をもたらした方だ。

卓球は1981年から全国大会がスタートしたが、これによって国内大会で勝つことを優先する指導方法が定着してしまった。

「世界で勝つ日本になるには圧倒的な発想転換が必要だったんです」

世界で勝つためには「初期設定が大事」。世界のトップは3歳から5歳には卓球を始める時代。その時点で国内大会に勝つ練習ではなく、世界で勝つ指導、メンタル強化、海外拠点での訓練が必要になる。

「基礎を固め、世界のトップに追いつくのに10年かかりました」と、前原さんは言うが、その成果は明らかで、伊藤美誠選手、張本智和選手など「世界で勝つ選手」が続々と誕生している。

日本卓球協会副会長の前原正浩さんと国立スポーツ科学センター長の久木留毅さん
日本卓球協会副会長の前原正浩さんと国立スポーツ科学センター長の久木留毅さん

そうした日本スポーツ界の変革を影で支えているのが、「国立スポーツ科学センターのハイパフォーマンス・スポーツセンター」だ。日本にハイパフォーマンスセンターができたのは2016年。各国で当たり前にように行われているスポーツ医学、科学、情報、ユニフォームや水着などのマテリアル開発を通して選手のパフォーマンスを下支えする組織が日本にもようやく設置された。

「トレーニング、栄養、休養、リカバリーなどバランスのとれたリズムを作り出すことが大事です」と久木留毅センター長。選手を支える指導者・スタッフこそが「世界基準」であることが求められているのだという。

「科学的に風の抵抗などをハイパフォーマンスセンターで分析し取り入れることで進化したチームパシュートは、平昌五輪で金メダルを獲得しました」

卓球の張本智和選手は、低学年からハイパフォーマンスセンターで生活をし、トレーニング法、栄養、睡眠含めて世界レベルのサポートを受けながら進化を重ね、その後アカデミーを卒業して現在に至っている。「選手たちのキャリア育成、学業のサポートもハイパフォーマンスセンターの大切な役割です」と久木留さんは言う。

なるほど、いつの頃からか日本のスポーツが世界でも凄いぞ、と漠然と感じていた背景には、各競技の運営組織と国立スポーツ科学センターとのこうしたコラボレーションがあったのである。もちろん、10年、20年と強化を継続するためには、各運営組織とのスムーズな連携など課題はまだまだある。まだまだ思い切った変革に踏み切らない組織もあるからだ。

しかし、大野さんが出場したラグビーワールドカップ・ロンドン大会でのエディージャパンの躍進は「これまでの日本代表にありえなかった練習量と、大事な場面においてスクラムで勝つという闘い方の変革にあった」と大野選手が言うように、躍進を遂げるスポーツは大胆な発想転換に挑んでいる。

低年齢からのスーパーエリート育成を目指すあまりに、小さな体に負担がかかりすぎないのかといった懸念もある。「個々の成長にあわせて慎重に取り組んでいるが、中には残念ながら辞めてしまう子もいます」と前原さん。スーパーエリートと一般ジュニアの環境が離れすぎてしまう側面もあるが、それでも日本のレベルの底上げによってスポーツに関心を持つ子供が増え、スポーツ人口が増えることで国民の健康向上や学校教育にも大きな果実があるという。「選手は強くなりたいという思いで、どうしてもやりすぎてしまう。

そこを科学や医学などの専門的視野からむしろ上手にブレーキをかけたり、効果的なリカバリーのアドバイスをしてくれることで、自分のもつ力を最大限に引き出すことができることは選手にとって本当にありがたい」と石島選手。ハイパフォーマンスセンターが発足してはじめて迎える夏の五輪・東京2020では、一体どのような日本スポーツの進化を見られるのか、今から楽しみでしかたない。

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